
大河ドラマ【西郷どん】~若き【吉之助】の今後の人生に
大きな影響を与えた薩摩藩主【島津斉彬】~
今回は、【斉彬】について、どの様な藩主であったか?
残した功績は何か?など、様々な角度から
お話してみたいと思います♪
吉之助が出会った薩摩の殿様
島津斉彬とは?
下級武士の貧乏な家柄の長男として
産まれ育った吉之助と出会い
彼の心底にある情熱と才能を見出し
重臣にまで引き立て
共に、藩政改革に力を注ぎ続けた
薩摩藩主とは、どんな人物であった
のか?
薩摩藩第11代藩主
~島津斉彬~
大河ドラマ【西郷どん】で描かれる
薩摩のお殿様について調べてみました
曾祖父譲りの頭脳と才能を持ち
現代に大きな財を生み出した発明家⁈
成功に導くために、一番大切なものは
何かを常に見極め
藩主でありながら、我に賛同する者は
例え身分の低い者であって
も我が身の側に置き、同じ目線に立ち
活動出来る情熱家~~!!
(単なる私の感想ですがぁ‥^^;)
ところで、父である薩摩藩主第10代の島津斎興(なりおき)は、家督を継ぐ
長男【斉彬】を疎外し、何故?側室の子島津久光に肩入れするの~⁈
【斉彬】は、本当に父【島津斎興】の実子かぁ?? 可哀そう~😭
全然親子に思えない~!
※斉彬 役= ※斎興 役= ※久光 役= ※側室 役=小柳ルミ子さん
柔軟な頭を持った、優しい人~
家臣に無理難題を命令しても
誰一人,恨まず、恨まれず‥むしろ
主君のためなら!と慕われ
てきた島津斉彬…
斉彬を見る度に
その人柄の良さが何となくわかる様に
なってきました^^;
いずれにしても
西郷隆盛を大抜擢し、新しき
日本の未来と、全国民が豊かな
生活を迎えられるよう尽力した
島津斉彬について
さらに掘り下げてみたいと思います♪
~斉彬の行った事業と残した宝物~
斉彬の先見の目は、薩摩や国内だけで
なく、世界全体を見据えるものでした。
その性格は、曾祖父である
島津重豪(しげひで)ゆずりのものであったとか?
重豪(しげひで)は、若いころから
海外に興味を持ち、オランダの美術品
など収集する事を趣味としていた為、陰では
蘭癖(らんぺき)大名!
と呼ばれていたそうで…
また
辞書や百科事典を翻訳したり天体観測
にも早くから目を付け天文館…
(現代のプラネタリウム?)を
造ったりと、この時代としては相当な
博学者であったのです。
ちなみに
日本で最初に世界地図を
作製したのも
【重豪・しげひで】でした。
この様に、曾祖父の影響で幼い頃より
海外ものに触れる機会の多かった事が
歴史に残る【斉彬】の偉業を生み出し
たと思うのです。
斉彬が残した宝の数
①西洋式軍艦②大砲 ③反射炉
④耐火煉瓦 ⑤ガス灯篭 ⑥切子細工
⑦イモ焼酎 など
これほどまでに開発、製造させた理由
は日本国内を植民地にせず、万が一の
外国からの攻撃に備えた為とか‥
~西洋式軍艦~
~切子ガラス~
中でも、大変苦労したのが大砲や
弾を作る時に鉄を溶かす
【反射炉造り】でした。
~反射炉~
苦労した理由とは何なのか?
摂氏1500℃にもなる熱を受ける
【耐火煉瓦】
イメージ
当時、まだ鎖国であった日本には
ヨーロッパから輸入する事は出来ず
薩摩焼の職人達に命じ造らせたのです。
ですが
耐火煉瓦など知る由もない職人達は
非常に苦労し、オランダの資料を
真似し乍ら完成させました。
当然、熱に耐えられず何度も倒壊し
試行錯誤の末、ようやく完成したのです。
何度も挫折を味わった職人たちを
励まし、やる気と勇気を与え続けた
【斉彬】は
まさに
時代の先を見るリーダー的な
名君だったのですね♪
カッコいい~!💛
生活の基盤となる大切な灯り
薩摩藩主の別邸である
【仙厳園】(せんがんえん)
別名【磯庭園】
桜島を一望し、幕末には大砲も設置し
たという広大な庭には、天然石で造ら
れた石灯篭があります。
【斉彬】は、この石灯篭に日本初のガス灯を灯しました。
今では当たり前に見かける
庭先や玄関に設置された太陽光ライト
【斉彬】は、ホントお洒落で粋な生活
スタイルを生み出す頭脳を兼ね備えて
いたのですね♪
新型銃の使用に必要な
薩摩名物とは?
~イモ焼酎~
焼酎の原料となる米作りが困難な
薩摩地方…
代用として使われたのが
さつま芋でした。
~サツマイモ~
独特な香りのする芋焼酎の香りを消し
て飲みやすくしたり
なんと
新型銃の発火の際の原料としても利用
された貴重なものだったのです!
まとめ
今回は
40歳を過ぎてから藩主となった
薩摩の粋なお殿様
【島津斉彬】についてのアレ
やコレをお話させて戴きました♪
斉昭について、更に詳しく
知りたい方は、ぜひ桜島が美しく
見える斉彬の別邸【仙厳園】と
隣接する【尚古集成館】へのお出かけ
をお薦めいたしま~す!
では、今回はこの辺で!
有難うございました(^^)/~~~